まいにち笑顔のNyao Blog

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自分の人生のラスボスは何か!?その時、闘う事は出来るのか!?

先日、部屋の整理をしようと思い断捨離を実行していましたら、ファミコンが出てきまして「懐かしーーっ(*´∀`)」と、なった訳ですが、、、

はいっ、私のゲーム全盛期はファミコンでした(^^)

ロールプレイングゲームが好きで、ドラクエやゼルダの伝説などの、物語りの魅力に引き込まれ、時間が経つのも忘れて、主人公と共に使命を果たすべく、闘いながら謎を紐解き、誰かを助けたり助けられたり、悪を振り払ったり傷つけられたりと、いくつもの波乱を乗り越え、心も身体も身につける武器も強く成長する事で、最後に待ち構える大きな敵に打ち勝つことができる、冒険ファンタジーに魅了され満喫していました。

ゲームの最中、悔しがったり、ガッツポーズしたり、叫んだり脱力したり、画面の中の主人公は、まさしく自分自身ですから、ラストまでたどり着くと、まさに「達成感!!爽快感!!」で満ち溢れました。

断捨離をしながら、そんな思い出を振り返っていました。そして、数日後ふと思ったんです。

「自分の人生がロールプレイングゲームだとしたら、自分はいったい何を目指し、その過程をどれだけ努力し、その先にいるであろうラスボスを倒す事はできるのか?」

ラスボスとの闘い

今までの自分の人生の中で、困難に立ち向かわなければならない事が、実際に何度もありました。答えが導き出せた時もあれば、未だに答えがわからずに胸に傷を負ったままの事柄もあります。それでも、傷を隠したまま次の困難に立ち向かい、諦めずに前を向いて歩いたり試行錯誤し今に至ります。

その過程、人に助けられたり、微力ながら誰かを助けたり、ロールプレイングゲームで言うところのアイテムとしては、鋼の鎧では有りませんが、衣服、装飾品、鞄を身に着け、時計、携帯電話、勉強道具、自転車、バイク、車を駆使し闘いに挑んできました。

鎧

闘いとしましては、様々な試験、試合であったり、人間関係、病気や手術、仕事、天災など生きていれば色んな事が巻き起こりました。

しかし、よく考えてみれば、闘う事が目の前にあったとしても、実際に闘ってきたのは常に「自分自身」とでした。「闘えそうにないよ‥‥。」って時、誰かに励まされたり背中を押されたとしても、一歩前に踏み出す最後の答えは自分自身で出します。

人に言われたからそうしよう、と思ったのも自分で出した答えです。一歩踏み出せず足踏みを決めるのも自分です。

失敗も成功も、全ては自分の責任で巻き起こりました。失敗を第三者から見たら「絶対にそれはあなたの責任じゃないよ、あなたは悪くないよ。」と、言ったとしても、自分の責任を見出して反省してきました。

人生は巻き戻し出来ません、リセットも出来ません。だからこそ、その人生の中で巻き起こる小さな物語りを、一つ一つクリアしステップアップすることで、心の中の『負けない強い気持ち』に磨きがかかり、自分の人生の最後に待ち受けるラスボスにも、臆することなく立ち向かえる自分になるのだと思います。

そのラスボスが何なのか?

考えました。私にとってのラスボスは‥‥

「存在しない。」でした。案外即答でした。

結局のところ、何かに立ち向かい、闘う時のラスボスは「自分の中の弱さ」でした。それに打ち勝ち続けることで、ラスボスはいつしか出現しなくなります。ですので、今、襲いかかっている困難も、これから巻き起こる困難も、負けない強い気持ちを持ち、闘い続け本当にノンラスボスにしたいと思います。

剣を持つ手

「何事にも臆することなく立ち向かえる自分」それが自分の「黄金の剣」です。それを手に入れたなら、人生のロールプレイングゲームを、達成感で幕を閉じる事ができるのかなと感じています。

断捨離で部屋も心も整理整頓できちゃいました。(^◇^)

秋桜畑