過去に自分の想像を遥かに超越した苦しみや悲しみに出会ったことがありました。
しかしその時、涙や声がまったく出なかったんです。
「何で泣かないんだろう私…。」
と、そんなことを冷静に考え、その事に驚いていた自分がいました。
そんな日々を乗り越え今に至る気持ちをまとめつつ、もしも今なにかに悩み苦しんでいる人の気持ちに寄り添う事ができたなら幸いです。
苦難(苦しみや悲しみ)を乗り越えた先で出会う自分
私はそこ(苦しみや悲しみ)から立直るのに、十年くらいかかってしまいました。
暗黒期はなかなか長かったです。
途中、元気になったつもりでも、実際はカラ元気だったり、突然魂が抜けたように停止したり、笑い方がわからなくなったり。
だけど、そんな自分を周りには悟られまいと、明るく振る舞い家に帰るとどっと疲れて、いつしか「虚しさ」ととても仲良しになっていました。
その「虚しさ」が私を強くしたことは間違いないです。
その経験で感じたことをここに記します。
自分圏外の苦難
自分の「想像枠の圏外に受けた衝撃」というのは、瞬間には脳に到着せず、まず「無」「呆然」となりました。
遥か彼方に受けた衝撃波は、徐々に想像枠の仲間入りを果たし、事実を受け止めざるを得ない状況になり、ようやく感情の形の涙になるといった感じでした。
そして、その後その涙は無情にもなかなか止んではくれなくて、なんなら自分の意思とは無関係に涙が流れていました。
自転車に乗っている時に、突然ポロポロ涙が出てきてしまい、丁度その時に雨が降ってきて涙を隠してくれる形になり、それ以降、雨は味方となり雨がすっかり好きになりました。
雨音を聴くとその日の事を思い出します。
止まない雨はないように、「時間の流れ」と言う薬がゆっくりと全身に染み渡り、「やがては瞳や心に溢れる涙を止めてくれる時がやってくる」といった感じで徐々に涙は止まりました。
苦難を受け止める
今、息も出来ないくらい苦しくてもがいていたとして、一歩も前に踏み出せなくても、起きてしまった事柄、起きている事実をまずは受け止めてみるところから始めて、息が止まりそうなら…止めてしまいそうなら、そこで立ち止まるより横道にそれてもいいと思います。
今、真っ暗闇の中にいたとしても、それた横路に光が差し込んでいるかもしれない。
景色を変えれば、考え方も前向きに変わるかもしれない。
立ち止まっていては「自分の中の時」は進まないのだから。
まずは冷静に受けとめ、客観視するのがいいです。
気付いてほしい気持ちは既に自分が気付いている
「誰も私の気持ちをわかってくれない…誰も気がついてくれない…。」
などと嘆かなくても、そう言う虚しい気持ちも、もがき苦しむ心も、どうしていいかわからない苛立ちも、真っ先に自分自身がわかっている第一の理解者だと感じます。
誰に気付いてもらえないとしても嘆いたりせず、心強く持ち笑っていられるようになれば心に圏外はなくなります。
心の電波は広がれば広がるほど、心に余裕があふれます。
1ミリでも前に進んでみる
苦しみの中にいる時は、なかなか動き出せないかもしれません。
そんな時は少しづつ少しづつ…本当に少しづつでもいいので前に進み道を作ってほしい。
そして努力して歩み続ける道の途中、振り返ればそこにはキレイな花が咲いているはずです。
その先は「いつか自分だけの景色を絶景に変えてやる!」と、その景色を広げていくイメージで人生を歩んでください。
開拓作業
大事なのはその横道でうずくまるのではなく、自分の手で開拓していくことです。
どうやって開拓すればいいのか悩むところですが、世の中には情報が溢れています。
今の悩みに直結する書籍を読んだり、ネットなら情報は満載だし日記をつけて気持ちを吐き出すと言う手もあります。
すると心の中を整理できたりもします。
日記に気持ちを預ける
私は日記に吐き出しまくりました。
時を経て日記を開けば簡単にその当時にタイムスリップできますし、その日記の中にいる自分にツッコミをいれたりもできます。
読み返すと殴り書きのときもあり、なんなら涙の跡もあります。
文字の筆跡から落ち着きや苛立ちも読み取れて、1ページに巨大な殴り書きの文字で「バカヤロー!」なんて日もありました。
しばらくして読み返した時、あの時の私に一番教えてあげたいのは、「大丈夫、あなたはそこから這い上がり強くなるんだから、安心して悩みなよ。」と言うことでした。
悩んだ時期は価値がある
今、悩んでいたとしても未来の自分は必ず味方です。
一寸先の自分さえも味方である!
そして、今、あの圏外の時を乗り越えたんだと思うと勇気になります。
それは決してお金では買えないのだから、相当なる価値があり「心の財産」になります。
そしてそれを手に入れる度に心はどんどん強くなっていきます。
人を思いやれる、「優しさの中に本物の強さを秘めた人」になれたら、そんな素晴らしいことはないです。
苦難は価値観も変える
今日も人生の足元に花を咲かせるべく、そこに苦難が立ちはばかろうと、その苦難がどんなに理不尽な出来事であろうと、負けない気持ちで乗り越えていく。
人生の大半は辛いことや悲しいこと苦しいことで、楽しいことなんて1割程度かもしれなくても、様々な経験がその苦難さえも心の肥やしになるんだと考え、辛さに価値を見いだせたら自分に勝てる。
強くなれる。
強くなりすぎないように
しかし、人間は強くなりすぎると人を全く頼らず無理をしがちになるので、一人でどうにもならないときは信頼できる身内や友達、先生や相談窓口に頼ることも大切です。
「信頼できる」が大前提。
相談相手を間違うと大惨事になる可能性があります。
ここは慎重に行動した方がいいところです。
聞いてもらうだけでも心は軽くなれますが、聞く側の気持ちも考え相手の心に寄り添う気持ちも忘れてはなりません。
自分を生きる
人それぞれの運命により、与えられた人生の長さは違います。
その中で日々様々なことが巻き起こるけれど、苦しみや悲しみ、辛さを乗り越えて行くことで、心を限りなく成長させる事ができます。
そして苦難を乗り越えた先で出会う「小さな幸せ」にも「大きな有難さ」を感じられる…人は素晴らしい生き物です。
苦難(苦しみや悲しみ)を乗り越えた先で出会った自分は、そういうことをしみじみ感じとると共に、他者の痛みに対しても時には一緒に悩んだり、時には黙って寄り添う事の大切さを得ることができました。
あとがき
苦しみや悲しみが多いほど周りの人達の傷みを過敏にキャッチし、常に気遣うことで知らず知らずのうちに自分の気持ちに無理をしがちになります。
そんな時は自分の辛い心が置いてけぼりになり、心にストレスがかかりしんどくなります。
そして自分はその心を隠しているので、自分自身を大切にはできない状態になってしまいます。
ですので、今そこに苦しみや悲しみがあるのなら、苦しみを閉じ込めず弱音を吐いたっていい、泣いて叫んだっていい、「いつかは笑い話にできる強い自分に出会える」と信じ、自分自身を大切にしてほしいです。
そして、その出会えた「強い自分」と共にその人生を存分に悩み笑い生きていってほしいと願います。